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漫画家 ナジ|変わろうとしている町を想像する|メッセンジャーインレジデンスレポート#9

2025年1月24日

2011年3月の東日本大震災とともに起きた福島第一原発事故により、全町民が避難を強いられた双葉町。2022年8月30日に11年の時を経て部分的に避難指示が解除され、再び人々が住み始めたこの地域は、「今までの延長上にない未来へ」と新しい物語を始めようとしています。


メッセンジャーインレジデンスプログラムは、アーティストや写真家や編集者など、独自の視点を持つさまざまな個が"メッセンジャー"となり双葉町を訪れ、感じ取った体験を作品などにして残していく、「ヒラクフタバ」プロジェクトによる取り組みです。今回は、漫画家のナジさんにインタビューをしました。


「ヒラクフタバ」プロジェクトとは:「被災地から、可能性の新天地へ。」を掲げてさまざまな人達の間に議論やアクションを生むことを目指す発信活動。Webサイト:https://www.hiraku-futaba.jp/



ナジ|漫画家。東京都出身。2023年にジャンプ+で読み切り作品『愛を食らわば皿まで』を発表。のちにジャンプ+読切集『恋』にも収録された。現在は自身の作品を制作しながら、漫画賞への応募やアシスタント業などを行う。

―双葉町を訪れる前の想いや心境を聞かせてください。


今回のプロジェクトに参加する前、私は震災について詳しく知りませんでした。震災当時は中学1年生。体育の授業中に地震がきて、震度4ほどの揺れがあったのを覚えています。そのときは「ちょっと強かったね」というくらいですみましたが、ニュースで福島県の惨状を知り、計画停電によって家の電気がつかなくなる経験をしました。それでも、当時はまだ中学生だったこともあり、どれほど危機的な状況なのかは理解できていなかったと思います。緊迫感を感じ取りながらも、東京電力や原発のことも分からない中学生にとって、どこか他人事のように受け取っていたというのが正直なところです。

今回の依頼内容は「双葉町の魅力を伝える作品を作ること」でした。打合せをするなかで、津波や地震、原発事故の影響による避難指示といった前提があり、その上でメッセンジャーインレジデンスの企画があると伺ったので、シリアスにならざるを得ないところもありましたが、双葉町に向かう当日は楽しみな気持ちがありました。これまで自分が行ったことのない場所、さらにいえば「変わろうとしている町」に行けること自体、貴重な機会に思えたのです。



―双葉町で見たものや、感じたことについて教えてください。


車で案内をしてもらいながら双葉町を巡りました。まず目に止まったのは、山と海の綺麗な景色です。津波がくる前の双葉町の雰囲気を、私は知りません。実際に住まれていた方々が、どんな気持ちでこの自然を見ていたのか。考えても分からない問いですが、そんなことを自問しながら、窓の外の風景を眺めていました。町に残っている朽ちた建物などを目の当たりにしたときは、津波の衝撃を感じられずにはいられませんでした。その一方で、真新しい家々が建ち並ぶ光景も印象的でした。「復興」という言葉を軸にして双葉町を見てみると、私には「かなり復興した」ように見えました。住みやすそうで綺麗な住宅地がさらに広がっていき、そこに人やお店が集まれば、きっとよい町の風景になるはずだ。ほとんど更地になってしまったところから、国や県、地域主導の復興活動があり、大変な思いをしながらも、およそ14年もの歳月を経てここまで辿り着いたのです。しかし、「復興が完了した」という状態をはっきりとイメージするのは難しいものだと思います。東京23区のような都心の街並みをゴールとするのか。あるいはかつての双葉町の状態に戻すのか。どのように復元し、どのように新しくするのかを模索していく必要があり、「復興」という言葉をはっきりと口にするのは難しいと思い知りました。




―今回の訪問を経て、どんな発信をしていきたいですか?


漫画家として、今回の体験をもとにした作品を描くつもりです。構想しているのは、震災を経験した双葉町出身の女性が、避難先の東京で生活を送りながらも、震災の記憶や双葉町の思い出に蓋をして生きているという物語。彼女が恋人からプロポーズされたことをきっかけに、これまで見ないふりをしていた地元に向き合うことになるというストーリーを考えています。ですが、この作品は「過去に向き合ってほしい」と訴えるものではありません。外部の人間である私に、そんなことは口を裂けても言えるはずがない。ならせめて、被災した皆さんがどんなことを考え、感じたのか、どんな怒りや辛さがそこにあったのかを想像し、双葉町の山と海を眺めたときに考えていた問いに答えられるような、そんな表現をしてみたいと思います。





―双葉町を訪れたことで、今後の活動にどんな変化が生まれるでしょうか?


正直に言ってしまうと、私の制作スタンス自体が劇的に変わるわけではありません。これまでと同じように、さまざまな漫画作品を継続して描き続けていくつもりです。ただし、「生きること」と「死ぬこと」について、もっと切実な意識を持って考えるようになりました。娯楽作品であり、なおかつフィクションの産物である漫画の中では、キャラクターが死ぬこともよくあります。私自身も、人の死を物語の展開として組み込んだ作品を描いたことがありますが、キャラクターに自分を投影する読者への目線が、少し足りていなかったように思います。登場人物の生と死を読者がどう感じるのか、そしてどう感じてほしいのか。そうしたことにもっと慎重になって、人物造形や展開を考えていきたいです。




―今後、どんな人が双葉町を訪れたら面白いと思いますか?


子どもたちだと思います。もちろん、震災復興のために双葉町を訪れる人の存在は欠かせないものではありますが、その一方で、14年の歳月によって町の印象も変わっているのではないかと思うのです。双葉町で生まれ育った人の視点で考えるのなら、双葉町は「地元」であって、「震災の町」「復興の町」という見られ方に対して抵抗がある方もいらっしゃるのではないでしょうか。だからこそ、震災の視点を持っていない世代の子どもたちがやってきて、純粋に楽しいと感じたり、震災とは関係のないところで悲しさや怒りを覚えること。それが双葉町の可能性を見つけるきっかけになると思います。



漫画掲載 7月末公開予定。

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