
お笑い芸人 都築拓紀|毎日があれば、こんな回もあります|メッセンジャーインレジデンスレポート#15
2026年4月9日
2011年3月の東日本大震災とともに起きた福島第一原発事故により、全町民が避難を強いられた双葉町。2022年8月30日に11年の時を経て部分的に避難指示が解除され、再び人々が住み始めたこの地域は、「今までの延長上にない未来へ」と新しい物語を始めようとしています。
メッセンジャーインレジデンスプログラムは、アーティストや写真家や編集者など、独自の視点を持つさまざまな個が"メッセンジャー"となり双葉町を訪れ、感じ取った体験を作品などにして残していく、「ヒラクフタバ」プロジェクトによる取り組みです。今回は、お笑い芸人をされている四千頭身の都築拓紀さんに双葉町へ訪れた際の感想をお伺いしました。
「ヒラクフタバ」プロジェクトとは:「被災地から、可能性の新天地へ。」を掲げてさまざまな人達の間に議論やアクションを生むことを目指す発信活動。Webサイト:https://www.hiraku-futaba.jp/

お笑いトリオ「四千頭身」のメンバー。1997年3月20日生まれ、茨城県出身。ワタナベエンターテインメントに所属し、トリオでは主にボケを担当。芸人としての活動に加え、芸能界屈指のファッション好きとしても知られる。自らのブランド「HIROKI TSUZUKI」を立ち上げ、デザイナーとしてパリでの展示会やコレクション発表を行うなど、既存の芸人の枠を超えたクリエイティブな才能を発揮。多忙な芸能活動の傍ら、子ども食堂の支援など社会貢献に尽力している。自身が母子家庭で育った経験から、母親と共に各地の子ども食堂を訪れ、弁当作りや配膳のボランティアを継続。また、母校への多額の寄付を行うなど教育支援にも積極的に活動。
昨年の秋頃、中学の頃の野球部の後輩から連絡がありました。僕が卒業して以来全く関わりがなかったので、かなり久しぶりで急な連絡です。
内容としては、その後輩が勤めている会社が建築関係と福祉関係を主な業種としているらしく、その会社が受け持つ話の中で「福島県双葉町の復興に向けて現状を知ってもらいたい」という連絡でした。かなり要約はしてます。
僕の実家も内装業(クロス屋)という立場から、建築関係の仕事という繋がりもあり、ダメ元で連絡をしてくれたとのことです。
一度打ち合わせと題して詳しい話を聞くために約15年ぶりくらいに会ったのですが、あの頃部室で先輩後輩として会っていたかのような感覚を思い出し、人が持つ面影というのは不思議なものだなと感じます。
それでも感じる部分として「うわ、大人になったな」と素直に僕は口に出し、「変わらないですね」と返ってくる日常会話。後輩が「大人になった」で、先輩が「変わらない」というのは、些か不服ではありますが、今回は見逃しましょう。

福島県双葉町は、東日本大震災の被災地です。
この町の復興支援をする上で、少しでも色んな人に現状を知って欲しいというのがその後輩からの望みでした。その後輩を含め会社の皆さんから伺ったところ、「震災から約15年が経ち、今もなお「特に何もない」というのが現状。逆説的に言うと、15年経って「特に何もない」状態まで戻せた。そして、やっと色々なことの見通しが立ち始め、本当にこれからなんです。」とのことで、これは古くにならい“百聞は一見にしかず”ですから、案内の元お邪魔させていただくことにしました。

その日は、母と弟と僕の三人で足を運びました。
全くとは言いませんが、伺っていた通り、「特に何もない」というのが目で見たリアルな感想です。
土地や道路は綺麗に整地されていて、海沿いはまだこれから色々な工事が必要とされてそうな状況でした。住宅はちらほらと見かけたものの、住民というよりは今この土地を戻すために働いている人や車が町を行き交っている状態です。
もちろん表現として「特に何もない」にはなってしまうのですが、この状態にするのに15年ですから、口が滑っても「短い」という表現にはならないでしょう。



「東日本大震災・原子力災害伝承館」という施設があり、そこにお邪魔しました。
その時の出来事、その後残った物、その名の通りあの震災を“伝承”していく資料などが展示されています。僕は当時、中学二年生でした。茨城県出身でして、関東の中だと東北地方には近いこともあって、もちろん地震の揺れの大きさや怖さを味わったと思いましたが、いざこういったものを目の前にすると、やはり違ったんだなと思い知ります。
現在、近くにはホテルが一つ建ち始めていて、この伝承館含め、改めて今こういう状況まで戻せていることへの15年の月日の流れも感じました。
一緒に来ている弟は現在高校一年生。当時、まだ2歳にもなっていない頃です。話を聞くと、全く実感はないらしく、授業で習うことの一つとのこと。さすがに年齢的なことを踏まえるとそれも自然なことだと思います。ただ、施設を周りながら自分が産まれている時の出来事だと実感すると、これを知る意味は感じていました。
過去には戻れない以上、今は知ることだけでも重要な気はします。
施設の最後にはまちづくりのためのポップな手書きのまとめ資料があったり、ダイナミックな壁画アートが数箇所点在していたり、駅は綺麗に建て直されていて駅の隣には公営住宅地として住みやすい環境作りが既に完成に差し迫っている様子も伺えました。
今この町で出来ることと、この先に繋がるための町としての生命力を確かに感じました。
本当 にこれからなんだと思います。
お昼はご当地グルメの「なみえ焼きそば」をいただきました。
人生で一番パンチ力のある焼きそばでした。
このパンチ力だけでも味わいに行ってみてください。
